心の健康づくり(メンタルヘルス・労務管理)
大江労務安全衛生事務所 <社会保険労務士・心理相談員> 大江秀人
(2005.8.22)
| 近年の不況下、リストラによる人員削減化、成果主義の進展、OA化(メール化)などにより、職場には人間性疎外要因がますます多くなってきている。 これに伴い、仕事や職業生活に関する強いストレスや悩みを感じている労働者の数が増加しており、また、労働者の自殺者数も増加している。 それ故、事業場において、より積極的にこころの健康の保持増進を図ることが重要な課題となっている。 ストレス等を減少させ「こころの健康づくり」を進めていくために、色々な面からのアプローチがあるが、今回は管理監督者としてなにをなすべきかにスポットを当て、これをQ&A形式でまとめてみた。 |
| Q1 | 職業生活での強いストレス等を感じている人は、どの程度いるか? また、そのストレス等の内容はどういうものか? |
| A1 | @ 仕事や職業生活で強いストレス等(不安・悩み・ストレス)を感じている労働者の割合は、昭和57年以後5年ごとの厚生労働省の「労働者健康状況調査」結果によると、昭和57年50.6%、昭和62年55.0%、平成4年57.3%、平成9年62.8%と年々増加傾向にあり、平成14年は61.5%と少し減少したものの、依然として60%を超える人が強いストレス等を感じている。 A そのストレス等の内容については、断然多いのが「職場の人間関係」であり、次いで「仕事の量の問題」、「仕事の質の問題」の順となっている。 それ故、「職場の人間関係」の改善が職場のストレスの減少につながることになる。 |
| Q2 | 部下がストレスによるメンタル不全(うつ病など)にならないようにするため、職場の管理監督者として部下の管理をやっていく上で大事なことは何か? |
| A2 | 日常のコミュニケーションを円滑にすることが重要である。管理監督者の言動によって部下は良くも悪くも大きく影響を受ける。また、これが「職場の活性化」にも大きく影響し、ひいては企業の生産性にも多大な効果が生じてくる。このコミュニケーションをよくするための”技法”を3つ紹介する。 次の3つの技法を会得し、これを実践することが大事である。 (1)その基本として、部下の話をよく「聴く」ということであり、さらに、部下に指示をするときも、「カウンセリングマインド」の気持を持って指示をしていくことである。 (2)「ほめる、叱る」をうまく使い分けることである。 (3)管理監督者から部下へ積極的に「声かけ」をすることである。 |
| Q3 | 3つの技法の(1)番目の、部下の話をよく「聴く」ということは、どういうことなのか? |
| Q3 | 「聴く」という文字を分解すると、「耳プラス目と心で、(相手の)心を聴く」という意味になる。すなわち、部下の話を耳と目でじっくり心から聴いて、相手の気持や感情を理解することである。 たとえば、メンタル不全である「うつ病」になった者に対する、心理カウンセリングの方法として「積極的傾聴」というものがある。これは、カウンセラーが相談者(うつ病者)に相談を受けたとき、相談の内容自体が良いか悪いかということよりも、その相談者の悩みや苦しみを、耳を傾けて聴く(傾聴)ことに徹し、一切批判とかアドバイスをしないようにしている。 何もアドバイスがなくても、相談者はカウンセラーに話を聴いてもらううちに、気持が楽になって色々と考えることができるようになってきて、ついには自分で解決策を見出すことができるようになる。これが、現在行われている「カウンセリング」の主流である「積極的傾聴」の方法である。 相談者は、このように他人から聴いてもらうことにより相手への信頼感が生まれ、自分の心も洗われた気持になり、ついには自分の姿が分かってくる。これを「心の浄化作用(カタルシス)」という。 この方法は、メンタル不全の人へのカウンセリング方法としてよく行われているが、健常者に対しても、管理監督者がしっかり聴いてあげると、管理監督者への信頼感を増してくれるし、さらに部下の心の浄化作用を促進し、気持が楽になっていくことは間違いありません。 管理監督者はこの傾聴の考え方と気持を常に持って、部下に接する(これを「カウンセリングマインドのこころで接する」という)ことが大事である。 |
| Q4 | 「傾聴」の技法としては、どのようなものがあるか? |
| A4 | 部下に対して、使うと効果のある技法の中から「共感」(相づち)について述べる。 「聴き上手」は「相づち上手」であるといわれるように、話し手の立場に立って、話し手の気持を共に感じる(共感)ことが大事である。 また、相づちは話し手の意欲をかき立て、「このあとの話を続けたい」という気持にさせることになる。 <例1> 話し手:「この前の試験に合格しました」 聴き手:「ああ、それはよかったですね。お見事です」・・・この場合は、即座に言うのが大事。 相づちのタイミングが重要である。一般的に良い内容の話の場合は、話し手の話が終わりそうなところで即座に相づちを打ち、悪い内容の話の場合は話し手の話が終わってから少し間をおいて相づちを打つのがよい。 相づちが、ややもすると「おべっか」や「ゴマすり」になりかねない。この点は注意が必要である。おべっかやゴマすりとは、自分が心の底から思っていないのに、相手を必要以上に持ち上げることである。 相づちの言葉としては、次のようなものがある。 「はい」、「はいはい」、「ああ」、「あら!」、ふーむ」、「へー!」、「そう?」、「そうですね」、「なるほど」など色々あるが、これを臨機応変に使い分ける練習が大事である。いつも同じ言葉だけにならないようにしましょう。 これらの短い言葉だけでも良いが、できれば<例1>のように、そのあとに一言付け加えると、一層良い会話となってくる。 なお、相づちとは全く逆の言葉で、「いや」、「ダメ」などの「否定語」がある。なかでも、「いや」を先ず言ってから会話を始める人が結構いる(クセになっている人もいる)。 <例2> 話し手:「こうやりたいな」 聴き手:「いや、どうかな」 又は「いや、そうは思わないね」 最初の否定語で、折角の会話が頓挫してしまいそうである。ましてや、「いや」がクセになっていて無意識に言ってしまう人もいる。すぐに改めるべきでである。 |
| Q5 | 「聴く」ことの大切さは理解できたが、実際の仕事の中では、部下に対して指示を出すことやリードしていくことが頻繁にある。こういう場合、傾聴してばかりではおれない。このあたりをどういうように対応していけばよいのか? |
| A5 | 管理監督者はカウンセラーではない。「一所懸命部下の話を聴け」といっても、なかなか実際の仕事の中ではできることではない。しかし、少なくとも「聴こうという気持を持つことが重要で、そのことをいつも気に留めておこう(カウンセリングマインドの気持を持とう)」と、頭の中で思うことができれば、先ず一歩踏み出したといってよいでしょう。あとは、折りにふれて実行していくことである。 この設問のように、管理監督者は、じっと聴いているだけではなく、やはり指示を出したり部下をリードしたりしていかなければならない。ただ、大事なことは、ここでもカウンセリングマインドの気持を持って接するということである。人間は理性よりも感情に多く左右される動物である。それ故、同じ内容の指示を出すにしても言い方一つで受ける側の気持が大きく違ってくるからである。 これに対して、A3とA4で述べてきた「傾聴」は、「非指示的傾聴」であり、ただひたすら聴くということになる。この「非指示的傾聴」は、部下が不満や悩みを抱えているときや不満をぶちまけようとする場合に、その話を聴いてあげるのに非常に有効な方法であって、これと使い方を混同しないことが重要である。 |
| Q6 | 3つの技法の(2)番目の、「ほめる、叱る」をうまく使い分けるとは? |
| A6 | 人間関係は、ほめることから始まる。人はほめられると、「うれしい」と感情で受け止め、このうれしい気持をもたらせてくれた人に対してよい感情を持つことになり、その結果、よい人間関係が作られていくことになる。誰だってほめられることがいやな人はいない。むしろ、ほめられることを待っているものである。部下は、「何かうまくやった」とか「いいことをした」ときにほめられると、それが自分自身の成功体験となり、さらに自信がつき、仕事にもやりがいを増してくることになる。職場の全員がこういう雰囲気になってくるとますます職場が活性化し、活力のみなぎった職場環境になりメンタル不全とは全く無縁の職場になってくる。 「ほめる」といっても、単に「いいね」、「すごいね」などと言われただけでは、抽象過ぎてもう一つピンとこない。やはり、最低限もう一声添えてほめるべきである。 そのためには、これも”技法”の一つと考えて、「ほめ言葉」を言えると効果的になる。 <例>ほめ言葉の例をあげてみよう。 @ 「さすがに君だ」 A 「君だからできるんだね」 B 「よく考えているね」 C 「こんなに効率が良いとは思ってもいなかった」 D 「私も勉強になった」 E 「君なら必ずできると思っていた」 また、これと併せて「叱る」ことが非常に大切である。 叱らないでいると、部下はいいものと思ってしまって、何ら改善の必要性も分からないままになるし、成長もそれで止まってしまう。やはり、叱ってこそ部下は成長していくものである。問題はその叱り方にある。 先ずは、「怒る」と「叱る」の区別をしなければならない。「怒る」とは、自分の感情を入れて「こんちくしょー」となる場合であって、これでは部下からも素直な気持で受け取ってもらえなく、後味も悪いものとなり、人間関係は悪化するばかりである。 これに対して、「叱る」というのは、感情ではなく理性で叱るということである。冷静な気持で部下の間違いとか悪い点を指摘することにより、育てていくことなのである。是非「叱る」ことに徹しよう。 なお、叱る場合、管理監督者と部下との人間関係が日頃からできているかどうかが大きなポイントになる。すなわち、人間関係がうまくいっていない場合は、管理監督者がいくらよいことを叱っても、お小言にしか聞こえなく逆効果になってしまう。やはり、「平生の人間関係が大事」ということに行き着くことになる。 具体的な叱り方について、次にあげておくのでこれも”技法”として是非心得ておくべきである。 <よい叱り方の例> ・相手の能力や人格を認めながら、悪かった行為だけを叱る。こういう叱り方をすると、叱られたほうは素直に反省する。 @「君ともあろう人が、こんなことをしてはいけないよ」 A「君らしくないよ。こんなミスをして」 B「君を信頼してるんだからね。うまくやってくれなくっちゃー」 <悪い叱り方の例> ・相手の人格、人間性を否定する言葉で罵倒する。こういう叱り方をすると、叱られたほうは反感を持つだけである。 @ 「何をやらせても君はダメだ!」 A 「何回言ったら分かるのか! こんなことくらい小学生でもできる!」 B 「何をやっているのか! このばか者!」 ・失敗した結果だけをみて、徹底的に相手の逃げ場がないまで追い詰めてしまう。この場合、部下は失敗したという弱みを持っており、そこを追求されるので何も言えずに、ただ反感を持つだけである。 上司:「どうしてこんなことをしたんだ! うまく行かないことぐらい分からないのか!」 部下:何も言えずに、ただ「すみません」 上司:「すみませんで、済むと思っているのか!」 さらに、ネチネチと徹底的に説教が続く。 車の運転でいうならば、ほめるのはアクセルに相当し、叱るのはブレーキにあたるといえる。アクセルばかりを踏み続けると車は暴走してしまう。適宜、ブレーキが必要であるし、効果的にさえなるのである。管理監督者が部下を使っていくのもこれと同じように、叱らずにほめるだけでは効果が少ない。 ほめる叱るをうまく使っていき、部下の成長を促し、かつ、職場のさらなる活性化を進めて行きたいものである。 |
| Q7 | 「ほめる」と「叱る」は、どういうタイミングのときに、または、どういう方法が、より効果的になるのか? |
| A7 | (1)ほめる場合 @ すかさずほめる。ほとぼりがさめてからでは、気の抜けたビールと同じである。当人からすれば、やはりうまく行ったそのときにほめてもらうと一番うれしいものである。 (2)叱る場合 @ 会社の安全規定など会社で決めたルール違反をしている部下を見つけた場合は、その場ですぐに叱ることが大事である。しかも、みんながいる所でも遠慮せずに叱るとよい。さらに、その日の終礼の場でも「こういうルール違反があった」と、例を出して職場の全員に話をして二度とさせないように注意することが肝要である。 A 一方、やり方がまずくて失敗したとか、改善しようとして失敗した場合は、ルール違反ではないので、上記とは異なった叱り方をする必要がある。一般的には個別に呼んで叱るのよいが、失敗の内容や部下の性格などにより、みんながいる所で叱ったほうが効果的な場合もある。 |
| Q8 | 3つの技法の(3)番目の、管理監督者から部下へ積極的に「声かけ」するとは? |
| A8 | 声かけの基本は、先ずは「おはよう」の出勤時のあいさつである。あいさつは、管理監督者から進んで言ってみよう。そうすると、みんながあいさつするようになってきて、最初の段階の良いコミュニケーションが生まれてくる。管理監督者が昔かたぎで、あいさつは部下のほうからしてくるものだと思っていては、いつまでたってもお互いの意思疎通ができていかない。 「あいさつはコミュニケーションの第一歩」と認識すべきである。 「ありがとう」、「行ってきます」、「お先に失礼します」が躊躇なく言えるようになってくれば、職場の人間関係の第一歩はうまく行っているといえるでしょう。 また、管理監督者として常に気を配っておく必要のあることは「いつもと違う部下の様子」である。 たとえば、 @ 欠勤、早退、遅刻が増えた。 A 事故やケアレスミスが増えた。 B 仕事中、集中力が低下している。 C 頻繁に職場を離れることが多くなった。 D 職場での会話が減った。 E 活気がなく、目もいきいきしていない。 などである。 こういうときには、「最近、ちょっといつもと違うけど何かあるの?」とか、「何か困っていることとか悩みでもあるの?」と声をかけてみる。 こういう気くばりが大事であって、部下からすれば「上司はいつも気にかけてくれているんだな」と思い、話をしてみようということになる。管理監督者はそれをじっと聴いてあげる。一方、まだ話を切り出したくなる部下も当然いるはずである。こういう場合は、また、数日後同じように声かけをしていく。 こういうふうに、常に部下と接触を持つことが大事である。 このように、あいさつや気くばりの一声をかけることにより、心の通いあいができていく。なんといっても、人間関係は「こころとこころのふれあい」なのであるから。 |
| Q9 | これらの対処法は、軟弱に見え、「甘え」のある部下にしてしまうのではないか? かつ、企業は「福祉団体」でもないし、「ボランティア活動」でもないので、強い指示命令調の管理監督者であるべきだとも思うのですが? |
| A9 | こころとこころのふれあいを大事にすることは、「甘え」のある部下をつくることではない。今の職場はリストラや成果主義の進展、OA化(メール化)などにより、ギスギスした個人主義的で、かつ、人間同士の対話の少ない職場になってきている。 要は、管理監督者の気持が甘ければもちろんダメであるが、聴くこころ(カウンセリングマインド)とほめるこころをしっかり持って、臨機応変に部下に接すれば、必ず良い人間関係が生じ、叱るべきときもその良い人間関係が土台になっているので、ビシッと叱ることができるようになる。メリハリの効いた強い企業体質ができ、決して福祉団体化とかボランティア化といったものにはならない。 ましてや、強い一方的な指示命令調の管理監督者のもとでは、部下は「いやいや指示を聞いている」だけで、心はとっくに離れている。このように、人間味のない「冷たい雰囲気」の職場よりも、人間関係豊かな「暖かい雰囲気」の職場のほうがはるかに組織が活性化しているのは明らかである。 |
| Q10 | 部下から悩み事などの相談を持ちかけられたとき、あるいは最近部下の様子がおかしいなと思ったとき、どう対処したらよいのか? |
| A10 | 悩み事のある部下に対しては、部下の話をじっくり聴いてあげることが重要である。部下は話すことによって、A3で述べたようにカタルシス効果により気持が楽になり、自分で解決を見出すことができるようになる場合がかなりある。大きな問題の場合でも解決はできなくても相当の減少はできる。 そして、さらに上司としてできる範囲のことはやってあげるとよい。その後、2,3週間状況を観察していき、良好化していけばそのまま継続する。 なお、様子のおかしい部下の中には、上司の声かけに対しても本音の話をしてくれない部下がいることがあるが、この場合は、何度もカウンセリングマインドの気持を持って接していけば必ず本音を話してくれるようになる。 あまり良好化しなければ、相談事の内容も含めて事業場内専門スタッフ(安全衛生担当者、衛生管理者、人事労務担当者、保健師等)に報告することである。決して素人判断せずに、小さなことでも報告をする。自分では大したことはないと思っていても、専門スタッフから見れば、即対応を要する場合もあるからである。それで、もし、メンタル不全(うつ病)に陥ったと分かったら、当人への関心は十分継続しながらも、専門スタッフに対応は任せるべきである。 |
| むすび 文化庁が平成16年6月公表した「日本語世論調査」によると、外来語120語のうち「ストレス」という語が、認知率、理解率、使用率のすべてで第1位となっている。これは、いかに多くの人が「ストレス」に関係しているかを物語っているといえる。 ストレスを放置したままでいると、職場の活性化は損なわれ、生産性は著しく低下してくるのは間違いない。ストレスのひどい人はうつ病にも進展し、その中から自殺者も増えてきている。 人間性疎外となる要因が多くなっている今こそ、管理監督者が、人間性を持って、コミュニケーションを良くする技法を心得て、それを実行していけば、ストレスも減少し職場の活性化が向上してくることになる。 |